食料危機対策ch

~家庭における食料危機対策支援ブログ~

食料危機対策の必要性(10)食料危機発生要因の全体像と根本原因 その2

みなさん、こんにちは。
多忙につき投稿がしばらくできませんでしたが、少し落ち着いたので再開したいと思います。前回予告通り、今回から食料危機発生要因の全体像を整理していくことで、食料危機対策が必要な理由について深掘りしていきます。回数は二回を予定していましたが、詳細な解説とするため、回数を増やしたいと思います。よろしくお願いいたします。


◇収穫期の冬小麦(5月)。日本は需要の多くを米・加・豪からの輸入に頼っている。

・食料危機発生要因評価の解説(主に人的活動に起因)

【1】人口の増加

●世界食料需給の今までの推移
経済学者のトマス・ロバート・マルサス(1766~1834年)は、人口は何も抑制がなければ等比級数的(例:1、2、4、8…)に増加し、生活物資は等差級数的(例:1、2、3、4…)に増加すると主張し*1、人口を抑制しなければ、食料不足などの貧困や悪徳(犯罪)がもたらされることを警告しまし
た。
しかし、マルサスが生きた時代の1800年に9億人だった世界人口は、2022年には80億人*2と約9倍に増加しているにも関わらず、食料生産は人口増加に歩調を合わせるように増加しています*3。また、穀物価格は1世紀の間に大幅に低落しており*4、1人あたり消費カロリーも世界平均で1990~2019年の期間に13%増加しています*5

■世界の穀物需給及び期末在庫率推移(1960~2024年)

出典:米国農務省(PS&D)資料より著者作成*3

■インフレ調整後のトウモロコシ、小麦、大豆価格(1912~2018年)

出典:米国農務省作成*4
(情報源)米国農務省国家農業統計サービスおよび米国労働省労働統計局のデータを使用した米国農務省エコノミック・リサーチ・サービスによる算出

■1990年と2019年の特定国の1人当たり消費可能カロリー

出典:米国農務省作成*5
(注)消費可能なカロリーは、小売後の家庭およびレストランでの食品廃棄を含み、したがって、それらは消費されたカロリーより大きい。(情報源)国連FAOのフードバランスシートを使用した米国農務省のエコノミック・リサーチ・サービス

これはマルサスの予想とは異なり、食料供給が人口増加による需要の伸びを上回っていることを意味します。実際、1961年の穀物生産量と世界人口を100とした場合、2022年の世界人口263に対して、穀物生産量は349と生産量が人口の増加を上回っています。
これは、マルサスの想定以上の技術革新の進展(ハーバー・ボッシュ法※など)や出生率抑制(先進国や中国など)があったことなどが原因です。
なお、ここでは今後の世界食料需給を穀物需給から推測しています。世界の1人当たり摂取カロリーの大部分は穀物と畜産物(穀物飼料を大量消費)から供給されており、穀物需給によりおおよその食料需要の推測が可能だからです。

ハーバー・ボッシュ法:メタンなどから単離した水素と大気中窒素を触媒を用いて高温・高圧下で反応させ、アンモニアを生産する方法。アンモニアは、代表的な窒素肥料である硫酸アンモニア尿素の原料となる。

穀物生産量と世界人口推移(1961~2022年, 1961年=100)

出典:国際連合経済社会局人口部*2および国際連合食糧農業機関*7資料より著者作成
穀物生産数量合計は、小麦・米・トウモロコシ・大麦・モロコシ・キビ・オート麦・ライ麦・その他の合計)

●今後の世界食料需給
国連によると、世界人口は当面増加し続け、2050年に96.4億人、2084年には102.9億人とピークになると予測されています(2023年推測, 各年1月1日時点・中位数)*2。このような人口増加とさらに経済成長が続けば、消費の増大と食生活の質向上により食料需要も増加し続けます。それでは、食料需要増加に応じた食料増産は今後も可能なのでしょうか。
農林水産政策研究所農林水産省所管)は、2032年の世界需給の見通しとして、「収穫面積(延べ面積)の変動に特段の制約がなく、現行の単収の伸びが継続し、各国政策が現状を維持し、天候・紛争等の不確実性を含まず平年並みの天候を前提」*8とした場合、世界の穀物生産量は、基準年2019~2021の2,713百万トン対して、2032年には15.2%増加の3,126百万トンになると予測しています*9

穀物の生産量、単収、収穫面積(世界合計)

出典:農林水産政策研究所資料より著者作成*9

さらに、国連による人口予測*2と同研究所による生産量予測とを同じ期間で比較してみました。2020年(穀物生産量は2019~2021年平均が基準)から2032年までの増加率では、穀物生産量の方が人口より増加率が高く、当面、食料供給が人口増加による需要の伸びを上回ります。以上から当面の世界食料需給は改善する見通しとなります。

■世界人口・穀物生産量増加率比較

出典:国際連合経済社会局人口部*2農林水産政策研究所*9資料より著者作成

また、一人1日当たりの摂取カロリーではどのように変化するでしょうか。比較期間は若干異なりますが、OECD/FAO※が主なカロリー源である主要食料品の一人当たりの摂取量について予測しています。同予測では2021~2023年平均を基準年とした2033年までの増加率は、世界全体で5.3%増加となることが予測されています*10。現在、配分の問題などにより低所得国を中心に飢餓が発生しているものの、一人1日当たりの摂取カロリーでも世界の食料需給は改善する見通しとなります。
なお、一人あたりの必要カロリーという観点から、世界の食料はいまだ不足していることが指摘されています。高橋五郎・愛知大学名誉教授は、一人1日あたりの摂取カロリーを2,400kcal/日(うち2,350kcalを穀物・畜産物、その60%を穀物から摂取)とするなどの条件を前提に「世界の人口80億人強が直接食べる必要量を満たすには35億2,800万トンの穀物が必要になる勘定なのだが、実際の生産量は27億トン(2022年、米国農務省)で、穀物8億トン不足している」*11と指摘しています。
国際機関や研究機関の生産量と消費量の予測からは、当面、世界全体(平均)では食料需給に問題がないようにみえます。しかし、消費量は必要量と同じではありません。外貨が不足していれば、その国は必要量を輸入できないのです。そのため、世界の食料危機リスクを正確に捉えるためには、現在、世界の食料需給はすでに大きなギャップがある点に留意が必要です。

OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development/経済協力開発機構):欧米など西側諸国を中心に38ヶ国の先進国が加盟する国際的な協力機構
※FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations/国際連合食糧農業機関):世界の経済発展、人類の飢餓からの解放を目的に国際的な取り組みを行う国連専門機関

●今後の食料価格の予測
以上のように、世界の食料需給は数量面、カロリー面では改善傾向と予測されていますが、価格面ではどうなるでしょうか。農林水産政策研究所は、「穀物・大豆の国際価格は、資源・穀物価格高騰前の2006年以前の低い水準には戻らないものの、中期的に、上昇率が抑えられて弱含みの傾向をより強めつつ、やや低下傾向を強める見通し」としています(下線は筆者による)*12。また、新型コロナウイルスの世界的大流行や露によるウクライナ侵攻により2020~2023年にかけて高騰した穀物の実質価格はその後下落していますが、予測では2025年以降は横ばいとなっています*13

穀物及び大豆の国際価格の推移の予測(-実線:名目価格、…点線:実質価格)

出典:農林水産政策研究所作成*13

さらに、価格面での推移をもう少し長い期間で見てみるとどうなるでしょうか。IMF※の食料飲料価格指数によると、1992年1月の指数に対して、2024年6月には約2.4倍と高騰しています*14。研究者からは、このような価格高騰は以前の水準に下がることはなく、20年、30年と続いていくのではないかとの指摘もあります*15

IMF 食料飲料価格指数(1992年1月~2024年6月, 2016年=100)

出典:IMF資料より著者作成*14

IMF(International Monetary Fund/国際通貨基金):国際金融システムの安定化などを目的とした国連の専門機関

●食料価格高止まりの継続
食料価格は、前述の米国農務省データが示すように長期的には下落してきましたが、2000年前後で底を打ち、2007~2008年の世界食料価格危機以降は高止まり傾向となっています。
主な原因は、世界人口増加と新興国の経済成長であり、人口増加や経済成長により食料需要が増加しています。さらに、人口増加や経済成長に伴う環境破壊や資源枯渇が、生産コスト上昇やバイオ燃料による食料との競合に繋がっています。
このように食料価格高止まりの原因は、世界人口増加を中心とした構造的なものにあります。そのため、画期的な技術革新や政策が導入されない限りは、食料価格の高止まりが解消する可能性は低いと考えられます。

●世界人口増加が日本に与える影響
このように世界の食料需給は人口増大に伴い不安定化しつつあり、食料価格も高止まりという状況下にあります。経済大国である日本は、現在の経済水準を維持できる限りは、平時において食料危機が発生する可能性は低いと考えられます。しかし、近年の日本は国力が低下しつつあり、購買力低下による「買い負け」も懸念されている状況です*16。また、安い食料や石油の時代は終わっているにも関わらず、輸入依存度が高い状況が続いています。そのため、今後、日本では通常の範囲で発生し得る食料需給逼迫・・・一時的な世界主要産地の同時不作や海外での国際紛争などにより、食料危機に準じたレベルでの食料の価格高騰や品薄が発生する可能性があると考えられます。
10年以内の食料危機発生切迫度については、近年の世界的食料需給逼迫(1973~1974年、2007~2008年、2022~2023年)の発生頻度から「やや高い」と評価しました。

【参考文献】
*1 Thomas Robert Malthus(1798)『An Essay on the Principle of Population, as it affects the future improvement of society, with remarks on the speculations of Mr. Godwin, M. Condorcet and other writers』. London: Printed for J. Johnson, in St. Paul's Church-yard(斉藤悦則訳(2011)『人口論』, 光文社, 33頁)
*2  国際連合経済社会局人口部「World Population Prospects 2024」,
   https://population.un.org/wpp/
   (アクセス日2024年7月30日)
*3  USDA 「Production, Supply and Distribution Online」, Custom Query,
   https://apps.fas.usda.gov/psdonline/app/index.html#/app/advQuery
   (アクセス日2024年7月30日)
*4  USDA (2024) 「Inflation-adjusted price indices for corn, wheat, and soybeans show long-term declines」,
   https://www.ers.usda.gov/data-products/chart-gallery/gallery/chart-detail/?chartId=76964
   (アクセス日2024年7月30日)
*5  USDA (2024) 「Feeding the world: Global food production per person has grown over time」,
   https://www.ers.usda.gov/data-products/chart-gallery/gallery/chart-detail/?chartId=107818
   (アクセス日2024年7月30日)
*6  FAO (1974) 「REPORT OF THE COUNCIL OF FAO Sixty-Fourth Session」, WORLD FOOD AND AGRICULTURE SITUATION, State of Food and Agriculture 1974, 14,
   https://www.fao.org/4/F5340E/F5340E03.htm
   (アクセス日2024年7月30日)
*7  FAO「FAOSTAT」(2023年12月27日更新),
   https://www.fao.org/faostat/
   (アクセス日2024年7月21日)
*8  農林水産政策研究所(2023)「世界の食料需給の動向と中長期的な見通し ―世界食料需給モデルによる2032年の世界食料需給の見通し―」, 24頁,
   https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/230331_2032_02.pdf
   (アクセス日2024年7月30日)
*9  農林水産政策研究所(2023)「世界の食料需給の動向と中長期的な見通し ―世界食料需給モデルによる2032年の世界食料需給の見通し―」, 32頁,
   https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/230331_2032_02.pdf
   (アクセス日2024年7月30日)
*10 OECD-FAO(2024),「OECD-FAO Agricultural Outlook 2024-2033」, 31頁,
   https://openknowledge.fao.org/server/api/core/bitstreams/18a38611-e0f9-4e9c-8187-441ab0cce18e/content
   (アクセス日2024年7月30日)
*11 高橋五郎(2023)『食料危機の未来年表』, 朝日新聞出版, 47-48頁
*12 農林水産政策研究所(2023)「2032 年における世界の食料需給見通し ―世界食料需給モデルによる予測結果―」,20頁,
   https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/230331_2032_01.pdf
   (アクセス日2024年7月30日)
*13 農林水産政策研究所(2023)「2032 年における世界の食料需給見通し ―世界食料需給モデルによる予測結果―」, 第1図, 22頁,
   https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/230331_2032_01.pdf
   (アクセス日2024年7月30日)
*14 IMF「Primary Commodity Prices」(2024年7月3日更新), Food and Beverage Price Index,
   https://www.imf.org/en/Research/commodity-prices
   (アクセス日2024年7月21日)
*15 盛田清秀(放送日:2023年3月13日)「もはや食料品価格は下がらない!日本の食料確保は大丈夫か?」, 読むらじる。, NHK,
   https://www.nhk.or.jp/radio/magazine/article/my-asa/LOBvd6uvlc.html
   (アクセス日2024年7月30日)
*16 新妻一彦(2023年1月6日)「穀物争奪、「日本は買い負ける」 昭和産業・新妻社長の危機感」, 日経ビジネス,
   https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1040B0Q3A110C2000000/
   (アクセス日2024年7月30日)