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~家庭における食料危機対策支援ブログ~

食料危機対策の必要性(6)シーレーン封鎖が食料危機を引き起こす!

みなさん、こんにちは。
本ブログで、食料危機発生の原因となる可能性の高い事象の一つとしてあげているのが有事です。最近では、パレスチナガザ地区での戦争に関係して紅海での船舶攻撃が激化し、海上輸送停止が相次いでいることが問題となっています。それでは、このような有事によるシーレーン封鎖が発生した場合、日本の食料供給に対して、どのような影響を与えるのでしょうか。


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・日本におけるシーレーンの重要性
日本は資源の多くを国外に依存しており、食料やその生産・物流を支えるエネルギー資源も例外ではありません。また、輸入貨物(重量ベース)の99%以上を海上輸送に頼っており*1穀物はばら積み船(ドライバルク船)、原油などエネルギー輸送は専用タンカーで運ばれています。

そのため、これらの安定的な輸入のためには、シーレーンの安全を確保することが重要となります。シーレーンとは石油や食料など重要物資を運ぶ、国家にとり重要な海上輸送ルートのことです。これは海上兵站ルートを指す軍事用語のSLOC(Sea Lines of Communication)から派生した用語です。

・チョークポイント
シーレーンの安全を確保するためには、とくにチョークポイントの安全な通行が重要になります。チョークポイントというのは、地政学上の概念で、シーレーンにおける海峡や運河など狭いポイントを指します。チョーク(choke)というのは、英語で詰まらせる、ふさぐという意味なので、まさに、ここを押さえてしまえば、航路を止めることができる点(point)となります。

・農産物とエネルギーの輸入ルート
日本の農産物輸入ルートは、カロリーベース食料自給率の43%を占める*2北米や豪州から輸入するルートが最重要となります。このルートのチョークポイントは、メキシコ湾岸からの場合はパナマ運河、豪州西部からの場合はロンボク海峡マカッサル海峡となります。

その他南米(ブラジル)、欧州、黒海、アフリカ、東南アジアから輸入するルートがあります。このルートのチョークポイントは、スエズ運河バブ・エル・マンデブ海峡マラッカ海峡シンガポール海峡バシー海峡などあります。
 
■海外から日本への主な農産物輸入ルート

出典:農林水産省作成*3

日本のエネルギー輸入ルートは、原油輸入量の94%(2022年)*4を占める中東から輸入するルートが最重要となります。このルートのチョークポイントは、ホルムズ海峡、バブ・エル・マンデブ海峡マラッカ海峡シンガポール海峡、最後に通過するバシー海峡となります。また、原油ほど依存度は高くありませんが、この輸入ルート上は天然ガスの輸入ルートにもなっています。液化天然ガス輸入量の31%(2022年)*5にあたる中東・北アフリカ・東南アジア(インドネシアからの輸入はバシー海峡を通過するとは限らないので除く)からの輸入もバシー海峡を通過します。

■世界の石油の主な石油貿易(2020年)

出典:資源エネルギー庁作成 (注)上図の数値は原油および石油製品の貿易量を表す(BP「Statistical Review of World Energy 2021」を基にBPの換算係数を使用して作成)*6

なお、シーレーンにおける輸入ルートは、一般的に迂回ルートが存在しますが、迂回することで輸送距離が長くなります。例えば、台湾有事の影響のため、中東のペルシャ湾から日本までのバシー海峡を通るタンカーの航路が通過できなくなり、ロンボク海峡から迂回するルートとなった場合は、輸送距離は約1,000マイルの延長となります。これによりタンカーが時速15ノットであれば約3日間の所要日数延長が見込まれます。さらにロンボク海峡も通過できない場合は、豪州南方から迂回するルートとなります。迂回により航程が増大した分についてチャーターする船舶を増やすことができなければ、当該航路の輸送能力は低下することになります。

また、ペルシャ湾のような袋小路となっているルートで、チョークポイント(この場合ホルムズ海峡)が封鎖された場合は、迂回ルートが存在しないため、船による輸入そのものができなくなります。

■インド洋・西太平洋のシーレーン(中東~日本間)

※航路を示す矢印はイメージであり、正確な航路を示している訳ではありません。

・有事発生によるシーレーン封鎖
2022年2月24日にロシアがウクライナへ侵攻しました。また、2023年10月7日にはハマスによるイスラエルへの一斉攻撃によりパレスチナガザ地区で戦争が始まりました。さらに、東アジアでは、台湾有事発生のリスクの高まりが指摘されています*7*8。『令和5年版 防衛白書』においても「中台間の軍事的緊張が高まる可能性も否定できない」とあり、政府も強く懸念していることが窺われます*9。国際情勢は急激に緊迫度を増してきたといえます。

そのため、有事発生によりシーレーンが封鎖されることで、食料危機が発生するリスクが高まってきたといえます。具体的には、バシー海峡のように領海外のチョークポイントが封鎖されることで商船が大幅な迂回を余儀なくされることが想定されます。最悪の場合、日本全体もしくは一部地域が海上封鎖され、食料や原油などを積んだ商船が寄港できない場合も想定されます。

第二次世界大戦末期に、日本は機雷封鎖*10や通商破壊により輸入途絶同然の状況となり、食料事情が極度に悪化しました。このような兵糧攻めの作戦は、現代戦でも見られることです*11。かつては有事による海上封鎖により、食料輸入が途絶するような事態は杞憂であるとの指摘もありました*12。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻という核保有国による国境変更や領土取得の現実の前には、杞憂とはいえなくなってきたと考えられます。

また、日本周辺での軍事的パワーバランスは、日本にとって厳しい方向に変化してきています。『令和5年版 防衛白書*13では「中台の軍事バランスは全体として中国側に有利な方向に急速に傾斜する形で変化している」ことが指摘されています。

さらに米国のシンクタンクであるヘリテージ財団による報告書*14では、米軍の2023年の総合評価は「Very Strong」、「Strong」、「Marginal」、「Weak」、「Very Weak」の五段階評価のうち、史上初めて前年の「Marginal(ぎりぎり要件を満たす)」から「Weak(弱い)」へランクダウンしました。海軍も同様に「Weak(弱い)」にランクダウンしました。日本のシーレーンの安全保障はとくに米海軍の力によるところが大であり、このような点からも有事による食料危機リスク増大が懸念されるところです。

シーレーン封鎖の影響
台湾有事によりバシー海峡が封鎖された場合、とくに石油や天然ガスの輸入に支障が生じることで日本経済全体に影響が発生します。その結果、国内における食料の生産・加工・物流に必要な燃料・電力の供給にも甚大な影響が出ると考えられます。さらに同海峡は南米(ブラジル)、欧州、黒海、アフリカ、東南アジアからの食料輸入ルートでもあり、穀物の割合こそ少ないものの多様な食料の輸入に影響します。

また、世界大戦のような事態となった場合は、輸入途絶などにより食料供給が大幅に減少する可能性が考えられます。たとえ日本が直接巻き込まれない場合であっても、食料やエネルギー価格が極端に高騰すれば、輸入は大幅に減少すると考えられます。

一方で、食料自給力指標では、国内生産のみによるいも類中心の作付けの場合、推定エネルギー必要量を上回る供給ができるとされています。しかし、日本が国内の資源で養うことが可能な人口は4,000~6,000万人程度とするのが妥当なところである*15、食料・エネルギーを海外から輸入できない場合は、日本で養える人口は3,000万人前後だろうとの有識者や研究者による試算もあり*16、同指標との間に大きな隔たりがあります。これは、同指標が海外からの輸入にほぼ依存している肥料、農薬、化石燃料を利用できるなどの前提があるからです。

以上から、有事において食料・エネルギーの主要シーレーンが封鎖された場合は、非常に厳しい状況になると想定されます。有事は絶対に「あってはいけないこと」ですし、そうならないように強く願うところです。しかし、「あってはならないこと」であるが故に、「おきないこと」になる訳ではありません。福島第一原子力発電所事故のように、絶対に「あってはいけない」ことでも「おきてしまうこと」があるのです。


【参考文献】
*1  国土交通省(2023)「交通(物流)の利便性向上、円滑化及び効率化」,12頁,
   https://www.mlit.go.jp/common/000170305.pdf
   (アクセス日2024年1月28日) 
*2  農林水産省(2023) 「特集 01数字で学ぶ「日本の食料」」『aff(あふ)』, 2023年 2月号, 我が国の供給カロリーの国別構成(試算),
   https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2302/spe1_01.html#main_content
   (アクセス日2024年1月28日) 
*3  農林水産省(2023)「特集 01数字で学ぶ「日本の食料」」『aff(あふ)』, 2023年2月号, 海外から日本への主な農産物輸入ルート,
   https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2302/spe1_01.html#main_content
   (アクセス日2024年1月28日) 
*4  資源エネルギー庁「令和4年(2022)資源・エネルギー統計年報」, 5-6頁,
   https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/sekiyuka/pdf/h2dhhpe2022k.pdf
   (アクセス日2024年1月28日)
*5  財務省「貿易統計」, 普通貿易統計, 品別国別表, 品目コード2711.11,
   https://www.customs.go.jp/toukei/srch/index.htm?M=01&P=0
   (アクセス日2024年1月28日)
*6  資源エネルギー庁「令和3年度エネルギーに関する年次報告 (エネルギー白書2022)」,第222-1-9,119頁,
   https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2022/pdf/2_2.pdf
   (アクセス日2024年1月28日)
*7  武居智久(2022)「まえがき」, 岩田清文・武居智久・尾上定正・兼原信克『自衛隊最高幹部が語る台湾有事』, 新潮社. 4頁
*8  山下裕貴(2023)『完全シミュレーション台湾侵攻戦争』, 講談社, 14頁
*9  防衛省(2023)『令和5年防衛白書』, 91頁,
   https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2023/pdf/R05zenpen.pdf
   (アクセス日2024年1月28日)
*10 NHK(2021年8月4日)「美しい半島の海は“戦場”だった ~知られざる悲劇を語り継ぐ」,
   https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210804/k10013175771000.html
   (アクセス日2024年1月28日)
*11 読売新聞(2022年4月23日)「ロシア軍が電力・食料遮断する「兵糧攻め」…マリウポリ「掌握」、米国防総省が否定」,
   https://www.yomiuri.co.jp/world/20220422-OYT1T50284/
   (アクセス日2024年1月28日)
*12 川島博之(2014)「日本の食料安全保障」『生活協同組合研究』, 39頁,
   https://www.jstage.jst.go.jp/article/consumercoopstudies/466/0/466_36/_pdf/-char/ja
   (アクセス日2024年1月28日)
*13 防衛省『令和5年版 防衛白書』,94頁,
   https://www.mod.go.jp/j/press/wp/wp2023/pdf/R05zenpen.pdf
   (アクセス日2024年1月28日)
*14 Heritage Foundation(2022年10月18日), Heritage Foundation Releases 2023 Index of U.S. Military Strength, Gives U.S. Military First-Ever ‘Weak’ Overall Rating,
   https://www.heritage.org/press/heritage-foundation-releases-2023-index-us-military-strength-gives-us-military-first-ever
   (アクセス日2024年1月28日)
*15 石坂匡身・大串和紀・中道宏(2023)『日本は食料危機にどう備えるか コモンズとしての水田農業の再生』, 農文協, 90頁
*16 篠原信(2022)『そのとき、日本は何人養える?食料安全保障から考える社会のしくみ』, 家の光協会, 35頁